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東京地方裁判所 昭和46年(ワ)5628号 判決

原告

赤坂実

右訴訟代理人

高橋喜一

被告

高橋清

被告

北口晴亮

右両名訴訟代理人

松本憲吉

主文

被告高橋清は原告に対し、金一三一万一四九八円およびこれに対する昭和四六年七月二一日から完済まで年五分の割合による金員の支払をせよ。

被告両名は連帯して原告に対し、金一八万円およびこれに対する昭和四六年七月二一日から完済まで年五分の割合による金員の支払をせよ。

原告のその余の請求を棄却する。

訴訟費用は、原告につき生じた費用を一〇分し、その九は被告高橋清の負担、その余は被告両名の連帯負担とし、被告らにつき生じた費用は各自の負担とする。

この判決は、第一、第二項に限り仮に執行することができる。

事実

第一  申立

一  原告

1  被告高橋清は原告に対し、金二三一万一四九八円およびこれに対する昭和四六年七月二一日から完済まで年五分の割合による金員の支払をせよ。

2  被告両名は連帯して原告に対し、金一八万円およびこれに対する昭和四六年七月二一日から完済まで年五分の割合による金員の支払をせよ。

3  訴訟費用は被告両名の負担とする。

との判決ならびに仮執行宣言を求める。

二  被告

1  原告の請求をいずれも棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

との判決を求める。

第二  主張

一  請求原因

1(一)  原告は、戦前から東京都目黒区中央町二丁目二五七六番一七宅地49.58平方メートル(以下本件土地という。)に存在した斎藤長造所有の建物を賃借し、これに居住していたが、昭和二〇年戦災によつて右建物が滅失したので、その焼跡である本件土地上に、建坪七坪五合(24.75平方メートル)の木造トタン葺バラック建築建物一棟を建築して居住していたところ、同二二年被告高橋が本件土地の所有権を取得したので、同被告に対して罹災都市借地借家臨時処理法第二条による優先賃借権設定の申出をなし、これに基づき同年一〇月一日本件土地の賃借権を取得した(右賃貸借は、昭和三二年一〇月一日借地法第六条の規定によつて、同日から二〇年の期間をもつて、更新された)。

(二)  ところが、同被告は昭和二七年原告に対し、本件土地所有権に基づき右建物収去土地明渡を求めて訴を提起した。

右事件は、一・二審とも、原告の借地権が認められて同被告は敗訴し、二審判決に対し上告がなされたが、同三六年三月二四日上告棄却の判決が言渡され、同被告の敗訴が確定して終了した(第一次訴訟)。

(三)  右のように、原告の借地権が確定判決により認められたのに、同被告は同年中にさらにこれを争い、建物朽廃による賃貸借終了を請求原因として工作物撤去土地明渡請求訴訟(東京地方裁判所昭和三六年(ワ)第六三八四号)を提起した。

第一審裁判所は、同被告主張の建物朽廃の事実を認めたが、朽廃に至つた原因は同被告の原告に対する第一次訴訟の仮処分(占有移転禁止、現状変更禁止仮処分)により新築や柱の取替えなどの大修繕が禁止されたことにあるから、同被告の主張は信義則に反するとの理由で、昭和四二年三月二七日請求棄却の判決を言渡した。

これに対し、同被告はさらに控訴して争つた(東京高等裁判所昭和四二年(ネ)第七三八号)が、控訴審は昭和四四年二月一〇日第一審裁判所の判断を支持し、同被告の控訴を棄却する旨の判決を言渡し、これは同月二八日確定した(第二次訴訟)。

(四)  右のように、同被告は、第一次訴訟で敗訴し、原告が借地権を有することが確定されたのに、さらに執拗にこれを争い、通常人の判断力をもつてすれば、自己の請求原因の理由のないことを知りうべきにもかかわらず(ことに、第一審判決において自己の非を指摘され請求棄却となつた後、控訴すべきか否かを決する際においてはなおさら)、あえて前記訴の提起および控訴の行為に及んだものであり、これは、民事訴訟により自己の権利を主張しその保護を求める訴訟提起権能の濫用として、不法行為となるものである。

(五)  原告は、右第二次訴訟の控訴事件につき、昭和四二年五月弁護士高橋喜一に委任し、前記のとおり控訴審で勝訴したので、同四四年三月一五日頃同弁護士に対し報酬として金一八万円を支払うことを約束し、同月二〇日頃内金八万円を支払つたが、残金一〇万円は未払のまま債務として残つている。

2(一)  被告北口は、第二次訴訟の第一審係属中の昭和四〇年四月二一日、訴訟の目的である本件土地を被告高橋から買受けたと主張し、原告および被告高橋を相手方として、右土地の所有権確認請求および原告に対する工作物撤去右土地明渡請求の訴(東京地方裁判所昭和四〇年(ワ)第三五二一号)を提起したので、これは被告高橋の右訴訟と併合審理された。

第一審裁判所は、被告高橋と被告北口との間の本件土地の売買は、被告高橋の原告に対する土地明渡訴訟を有利に展開するためになされた通謀虚偽表示によるものであるから無効であるとし、昭和四二年三月二七日請求棄却の判決を言渡した。

これに対し、被告北口は控訴し(東京高等裁判所昭和四二年(ネ)第七七〇号)、前記訴訟の控訴事件と併合審理されたが、被告高橋の第二次訴訟の控訴審判決と同時に控訴棄却の判決が言渡され、前同様に確定した。

(二)  被告北口の右各訴訟行為は、同被告が被告高橋と通謀のうえ、原告の借地権が対抗要件を欠いているのを奇貨として、実質上被告高橋に有利な判断を得るためになしたものであり、被告高橋の第二次訴訟について述べたところと同じく不法行為となるものである。

(三)  右控訴事件については、原告は、前記被告高橋との控訴事件とあわせて、前記のように弁護士高橋喜一に委任し、報酬一八万円の支払を約束した。

なお、被告両名は通謀して右各訴訟行為をなしたものであるから、共同不法行為者として連帯して賠償責任を負うべきものである。

3(一)  被告高橋は、第一次訴訟の保全処分として、占有移転禁止、現状変更禁止の仮処分決定を得、昭和二七年三月二六日頃右決定正本が原告に送達されたため、原告は建物の修繕、新築をすることができなくなつた。

(二)  第一次訴訟が上告棄却により終了し、原告が建物新築に着手したところ、被告高橋は、第二次訴訟を提起し、その保全処分として、東京地方裁判所に対し建物新築工事禁止の仮処分申請をし(同裁判所昭和三六年(ヨ)第五六八六号、債務者原告)、昭和三六年一一月一一日「債務者の占有中の一五坪の土地、右土地上のコンクリート土台基礎工事、ならびに同基礎工事上の土台廻りその他工事中の施行物件の占有を解いて執行吏に保管させ、かつ新築工事の続行を禁止する。」旨の仮処分決定を得て、同月一四日その執行をした。

このため、原告はまたしても所期の建物新築を阻止され、その間の一時居住のため仮設した木造平家建トタン葺三坪の仮小屋に親子七人が居住せざるを得なくなり、この状態は、昭和四二年五月八日原告が特別事情による仮処分取消申立をなし(東京高等裁判所昭和四二年(ウ)第五一一号)、同年一一月二九日一〇万円の担保提供により仮処分決定を取消す旨の判決がなされるまで継続し、その間原告は有形無形の損害を蒙つた。

(三)  右第二次訴訟の違法な仮処分により、原告の蒙つた損害は、次のとおりである。

(1)材木代 二二万三九二〇円

(2)基礎工事代 三万四〇七八円

(3)大工手間代 三万五〇〇〇円

(4)金物および運搬費 一万八五〇〇円

原告は、第一次訴訟終了後、建物新築工事に着工したところ、被告高橋は、第二次訴訟を提起し、再度仮処分により新築工事を阻止するに至つた。その時点で原告が支出した工事費用は右(1)ないし(4)であるが、右仮処分により新築が阻止された結果、材木は切組んだまま本件土地上に長期間放置せざるを得なくなつたため、腐朽して全部使えなくなり、その他の支払金に対応してなされていた工事も全部無益となり、右支出金はすべて無に帰し、原告は同額の損害を蒙つた。

(5) 慰藉料 二〇〇万円

原告は、被告高橋の第二次訴訟の仮処分により、再度新築工事を阻止され、前記のような三坪の仮小屋に親子七人が長期間住まわざるを得なくなり、娘の縁談にも支障を生ずるなど、相当の精神的苦痛を蒙つた。これを慰藉するには、金二〇〇万円が相当である。

4  よつて、原告は、被告両名に対し連帯して前記損害金一八万円(弁護士費用)およびこれに対する各訴状送達後である昭和四六年七月二一日から完済まで年五分の割合による遅延損害金の、被告高橋に対し前項の損害金計二三一万一四九八円およびこれに対する右同日から完済まで年五分の割合による遅延損害金の、各支払を求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1(一)・(二)・(三)は認め、同(四)は否認する。同(五)のうち、原告が弁護士高橋喜一を訴訟代理人に選任したことは認めるが、その余は不知。

2  請求原因2(一)は認め、同(二)は否認する。同(三)のうち、原告が弁護士高橋喜一を訴訟代理人に選任したことは認めるが、その余は不知。

3  請求原因3(一)は認める。同(二)のうち、工事禁止の仮処分のなされたこと、右仮処分は昭和四二年一一月二九日東京高等裁判所で取消されたことは認め、原告ら親子七人が三坪の仮小屋に居住せざるを得なくなつたとの点は否認する。原告は、右建物のすぐ隣にある大野某(瀬戸物商)所有のアパート一室六畳間を賃借して、右三坪の建物とともに、使用居住していた。

同(三)は否認する。

三  抗弁

仮に、被告高橋が損害賠償責任を負うとしても、

1  原告と被告高橋との間に、昭和四五年二月二五日渋谷簡易裁判所で調停が成立し(同簡易裁判所昭和四四年(エ)第一〇四号)、被告高橋は引続き原告に本件土地を賃貸することとし、賃貸期間、賃料の額・支払方法等が約定された。右調停において、原告は被告高橋に対しなんら損害賠償請求をしなかつたから、右調停によつて本件土地の利用にまつわる右両者間の紛争については一切の解決がなされたものである。

2  被告の第二次訴訟の仮処分は、昭和四二年一一月二九日取消された。原告は、仮処分により蒙つたと主張する損害につき、右取消の日から三年内にその賠償請求権を行使しなければならないところ、これを行使しないまま三年を経過したので、右請求権は同四五年一一月二九日の経過により時効により消滅した。

四  抗弁に対する認否

1  抗弁1について

被告高橋と原告との間で、本件士地賃貸借に関して調停が成立したことは認める。しかし、右調停では、土地賃貸借について合意がなされただけで、損害賠償についてはなんら触れられていなかつた。

2  抗弁2について

違法仮処分による損害賠償請求権の消滅時効の起算点は、本案判決の確定、または被保全権利の不存在もしくは保全の必要性の不存在を理由とする仮処分取消の裁判の確定を、債務者が知つた時である。

本件仮処分は、昭和四二年一一月二九日取消されたが、これは特別事情による取消であり、被保全権利や保全の必要性の存否について判断したものではなかつたから、右取消の日を消滅時効の起算日とすることはできない。本件での消滅時効の起算日は、第二次訴訟の第二審判決確定の日の翌日である昭和四四年二月二九日である。

第三  証拠〈略〉

理由

一一般に、訴や控訴を提起するという訴訟行為は、客観的に理由のない場合でも、形式的要件を具備しているかぎり、手続としては一応適法にこれをなしうるが(手続的形式的適法性)、右訴訟行為をなす者がその行為の時、客観的実体的にはその理由のないことを知り、または知りうるはずであるのに、あえてその訴訟行為をし、よつて相手方に損害を与えたときは、実質的に違法との評価(実体的実質的違法性)を受ける場合がありうるのであり、この場合右行為者は不法行為責任を負うべきものと解される。もつとも、国民が訴訟により自己の権利を主張し擁護する利益は十分尊重されなければならないから、右違法との判断は慎重になされなければならないのは、もとよりである。

二これを本件についてみるに、次の事実(請求原因1(一)(二)(三))は当事者間に争いがない。

本件土地所有者である被告高橋が昭和二七年ごろ土地占有者である原告を相手方として土地明渡訴訟を提起したが、原告に罹災都市借地借家臨時処理法による借地権の存することが認められ、同被告の請求は一・二審とも排斥され、昭和三六年三月二四日上告棄却の判決の言渡しによりこれは確定した。(第一次訴訟)

ところが、同被告は、右第一次訴訟が終結した後、再度原告を相手方とし、地上建物朽廃による土地賃貸借終了を請求原因として、第二次の土地明渡訴訟を提起した。第一審裁判所は、建物朽廃を認めたが、右朽廃に至つた原因は、第一次訴訟の際同被告のなした原状変更禁止の仮処分により、原告が建物を新築したり、柱の取替えなどの大修繕をしたりすることが禁止されたことにあるから、右朽廃を理由に賃貸借終了を主張するのは、信義則に反するとして、被告の請求を棄却した。

これに対し同被告はさらに控訴して争つたが、昭和四四年二月一〇日控訴審でも第一審の判断が支持されて控訴棄却の判決が言渡され、これは同月二八日確定した。

原告は、右のうち第二次訴訟の訴提起および控訴について、通常人の判断力をもつてすれば自己の請求の理由のないことを知りうべきであるにもかかわらず、あえて被告がこれをなしたものであるから、訴権の濫用として不法行為になると主張するので、この点を判断する。

第二次訴訟は、第一次訴訟と同一の借地権を争うものではあるが、建物朽廃による賃貸借終了を請求原因とするものであり、第一次訴訟の所有権に基づく明渡請求は訴訟物は一応別であるから、この点につき裁判所がいかなる判断を下すかは訴提起当時明白であるとはいいきれず、通常人の判断をもつてすればその理由のないことを知りうべきであつたということもできない。第一審裁判所は、建物の朽廃を認めつつも、右朽廃は同被告のなした第一次訴訟の違法な仮処分によるものであるから、右朽廃による賃貸借終了の主張は信義則に反するという理由で、被告の請求を棄却したのであるが、この結論が当初被告に予想しえなかつたとしても、無理はない。

しかしながら、右一審判決の理由中の判断を検討し、あわせて、第一次訴訟で昭和二七年から同三六年までの約一〇年の長きにわたり原告の借地権を争いながらも、上告棄却により敗訴が確定した経緯をも勘案すれば、第二次訴訟において控訴するか否かを決する時点においては、同被告は自己の主張が客観的実体的に理由のないことを知りうべき状態にあつたものといわざるを得ず、それにもかかわらずあえて控訴した行為は、その争い方の執拗さとも相俟つて、実質的に違法と評価することを妨げず、したがつて、原告に対する不法行為を構成するということができる。

三次に、被告北口は、第二次訴訟の第一審係属中、訴訟の目的たる本件土地を被告高橋から買受けたと主張して、原告主張のとおり訴を提起したこと、第一審裁判所は、第二次訴訟と併合審理の結果、被告高橋と被告北口の間の売買は、被告高橋が第二次訴訟を有利に導くためになされた通謀虚偽表示によるものであり無効であると判示し、被告北口の請求を棄却したこと、これに対し被告北口は控訴したが、原告主張のとおり控訴棄却となり確定したこと(請求原因2(一))は、当事者間に争いがない。

右事実および〈証拠〉によれば、被告北口は、原告の借地権に対抗力がないことを奇貨として、土地所有権を第三者に譲渡することにより、原告を本件土地から退去させようとする被告高橋の企図に協力し、両者通謀のうえ、真実売買をする意思がないのにこれを装い、前記のとおり訴を提起し、控訴をなしたものと推認される。

したがつて、被告北口は、訴提起の時も控訴の時も、自己の申立が理由がないことを知りながらあえてこれをなしたものであり、実体的実質的に違法との評価を受けざるを得ない。

四証人赤坂由の証言によれば、原告は、第二次訴訟の控訴事件(被告高橋、同北口双方の関係で併合審理されたもの)につき、弁護士高橋喜一に委任し(右訴訟委任の事実は当事者間に争いがない。)、報酬として金一八万円を支払う約束をしたことが認められる。右報酬額は事案の内容に徴して相当なものであり、したがつて、右支出は被告両名の前記不法行為により原告が蒙つた損害ということができる。

なお、被告両名は通謀のうえ前記各訴訟行為をなしたものであるから、共同不法行為者として、連帯して右金一八万円を支払う義務がある。

五次に、被告高橋は、建物朽廃による賃貸借終了を請求原因として土地明渡の第二次訴訟を提起し、その保全処分として東京地方裁判所に対し建物新築工事禁止の仮処分申請をなし、昭和三六年一一月一一日工事中の諸物件の執行吏保管、新築工事の続行禁止の仮処分を得て同月一四日その執行をしたこと、右仮処分は昭和四二年五月八日原告が特別事情による仮処分取消の申立をなし、同年一一月二九日右申立を認容する判決がなされるまで継続したことは当事者間に争いがない。また、第二次訴訟の第一審判決が被告の信義則違反を理由として、その請求を排斥し、これが控訴審でも維持されて結局確定したという経緯(請求原因1(三))に争いないことも先に判示したとおりである。

右事実によれば、同被告のなした仮処分は、被保全権利(賃貸借終了による土地明渡請求権)が存在しないのに執行に及んだものであるから、少くとも過失に基づく違法な仮処分であつたと推認され(もつとも、結果的に被保全権利が認められない場合であつても、特段の事情から故意過失がないと認めるべき場合もあるが、本件においてそのような特段の事情を認めることはできない。)、同被告は右違法な仮処分により原告の蒙つた損害を賠償すべき義務を負うとせねばならない。

六進んで、右違法仮処分により原告の蒙つた損害につき判断する。

1  〈証拠〉によれば、原告は、第一次訴訟の終了後、本件土地上に木造セメント瓦葺ラス・モルタル塗二階建住宅(一階9.875坪、二階8.25坪)を新築する計画をたて、昭和三六年七月三一日建築確認を受け、建築業者岡田経太郎に依頼して右新築工事に着工し、コンクリート土台の基礎工事が終了し、建築用木材を組立て可能なように切組んで本件土地上に搬入し終わるまでに至つたこと、原告は、右工事のために、木材費二二万三九二〇円、基礎工事代三万四〇七八円、大工手間代三万五〇〇〇円、金物および運搬雑費一万八五〇〇円の合計三一万一四九八円を右岡本に支払つたこと、ところが、被告高橋は工事中の施工物件の執行吏保管、新築工事続行禁止の仮処分を得て同年一一月一四日これを執行してきたため右工事は中止のやむなきに至つたこと、右仮処分は同四二年一一月二九日特別事情による取消申立を認容する判決のなされるまでの約六年間継続したため(右仮処分取消の事実は当事者間に争いががない。)、切組んだ材木は朽廃し、基礎工事も無意味になつたことが認められる。

右の事実によれば、被告高橋の違法な仮処分により、原告の前記認定の工事代金三一万一四九八円の支出は無に帰し、原告は同額の損害を蒙つたものである。

2  〈証拠〉を総合すれば、原告は昭和二七年頃借地権に基づき本件土地上に木造住宅を建築する計画をたて、同年三月一〇日建築確認を得ていたところ、前記のとおり被告高橋は第一次訴訟の保全処分として占有移転禁止・現状変更禁止の仮処分を得て同月二六日これを執行したため、右計画は中断されたこと、このため原告ら親子七人(原告、妻由、長女治子、次女朋子、三女照子、長男繁典、四女広子)は従来の三畳一間と布団置場が少しあるだけの掘立小屋に引続き居住することを余儀なくされ、この状態は前記のとおり昭和三六年三月二四日上告棄却により第一次訴訟が被告高橋敗訴に確定するまで約一〇年間継続したこと、この長い第一次訴訟終了後、原告が念願の建物新築に取りかかろうとして、同年七月一〇日建築確認を得て工事に着手し、従来の掘立小屋を取毀し、コンクリート土台の基礎工事を終了したところで、前記のとおり被告高橋は執拗にも、第二次訴訟の保全処分として、同年一一月一一日工事中の施行物件の執行吏保管、新築工事続行禁止の仮処分を得て同月一四日これを執行したこと、このため原告の住宅新築の夢はまたしても破れ、原告ら親子七人は、右新築工事の間の仮住いのため本件土地の隣接道路にはみ出して建てた木造トタン葺平家建三坪の仮小屋に居住するのやむなきに至つたこと、右仮小屋は、三畳一間のほか各一畳程度の出入口と布団置場があるだけで、木の柱の周囲をトタンで囲つただけで壁も打ちつけていないというきわめて簡略な建物であり、原告ら親子七人が同居するにはあまりに手狭ますぎるので、途中から近所の大野某所有のアパート三畳間に娘三人(長女、次女、三女)を寝とまりさせ、原告夫婦、長男、四女の四人が右仮小屋に居住することになつたこと、右仮小屋は右のようにきわめて簡略な建物であるため、風の日などには原告らは不安な思いをしたこと、原告らの居住家屋が右のように粗末なものであるということから婚期にあつた娘の縁談にも支障をきたしたこと、右不安定な住居生活は昭和四二年一一月二九日前記のとおり特別事情による仮処分取消の判決がなされるまで継続されたことが認められる。

被告高橋の本件違法仮処分により原告の蒙つた精神的苦痛を慰藉するには、右諸般の事情を勘案すると、金一〇〇万円が相当である。

右認定判断を左右するに足りる証拠はない。

七抗弁1について

被告高橋は、同被告と原告の間に昭和四五年二月二五日渋谷簡易裁判所で成立した調停により、一切が解決済であると主張するが、〈証拠〉によれば、右調停においては同被告と原告の間での本件土地賃貸借について合意がなされただけで、損害賠償の点についてはなんら触れられていないことが認められるから、同被告の右主張は失当である。

抗弁2について

違法仮処分による損害賠償請求権の消滅時効の起算点は、その本案訴訟が係属し、または当該仮処分が異議により争われている場合には、仮処分債権者が本案訴訟で被保全権利不存在として敗訴判決を受けてこれが確定した時、または被保全権利もしくは保全の必要性不存在を理由として仮処分取消の判決がなされ、これが確定した時と解するのが相当である。けだし、右のとおり本案訴訟または異議訴訟の係属中においては、当該仮処分の当否は不確定な状態におかれ、したがつて、当該仮処分が違法であることを前提とする損害の発生を確知しえないからである。

本件仮処分は、昭和四二年一一月二九日取消されたが、これは特別事情による取消であり、被保全権利・保全の必要性の有無について判断したものではないから、右取消の日をもつて消滅時効の起算点とすることはできず、本件では、消滅時効の進行は、右説示により前記のとおり第二次訴訟第二審判決確定の日の翌日である昭和四四年二月二九日から起算すべきであるから、この抗弁も理由がない。

八以上により、原告の本訴請求は、被告両名に対し連帯して損害金一八万円(弁護士費用)、被告高橋に対し損害金一三一万一四九八円(工事代金・慰藉料)、および右それぞれに対する各訴状送達後である昭和四六年七月二一日から各完済まで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の各支払を求める限度で理由があるからこれを認容し、その余は失当であるから棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条、第九二条但書、第九三条第一項但書を適用して主文のとおり判決する。

(倉田卓次 奥平守男 池田勝之)

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